【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2014年 6月
2014年6月29日館林市制施行60周年記念式典
館林市政施行60周年式典が、館林市名誉市民の向井千秋さんをはじめとする1000名余の関係者のもと、盛大に開催されました。私も参加させて頂き、恐縮ながら次のような祝辞を申し上げました。

今から、遡ること61年以上前には、1町7か村の冠には、邑楽郡の文字がついていました。
私の実家の近所の家には、今でも邑楽郡多々良村木戸と書かれた表札を見かけ往時を偲ばせています。 更に遡ると、明治のはじめの数年は、館林を含む東毛地域は、栃木県に属していました。
太田の金山の頂上には、当時を偲ぶ栃木県令の碑が今も建っています。
さて、明治における栃木県ですが、3つの大きな都市がありました。
足利、栃木、宇都宮です。
足利は商工の町、栃木は県都の町、宇都宮は城下町でした。
この3つの町の人々には三者三様の特徴があると言われ、当時、次のように面白く例えられていました。

たとえば梅を見るとき、足利人は、花を見て、栃木人は、枝ぶりを見る。そして宇都宮人は幹を見る。
お嫁さんを娶る時は、足利人は容姿を見、栃木人は、性質を見る。そして宇都宮人は家柄を見、判断す る。
また出かける時、足利人は、馬車で出かけ、栃木人は、人力車で出かけ、宇都宮人は徒歩で行く、と。

今日、館林の風土を鳥瞰図のように、空から俯瞰致しますと、日本を代表する大河利根川と、関東を代表する大河渡良瀬川に挟まれる町である事を実感します。
そして田んぼに水の入る時期には、まるで一面が湖と映り、館林の街は、湖に浮かぶ美しい湖上都市さながらに見えます。

ところで、こんな町に住む館林市市民の皆様には 一体どんな特徴があるというのでしょう。
ある群馬県警の方が、以前私にこうおっしゃられていました。
「館林の人は非常に人情味があり、協調性がありますね」
また金融機関の方はこう評されていました。
「館林の人は非常に堅実で、貯蓄志向が高いんです。それに品性もおありになる。」

私達の愛すべき誇るべき館林、その人と町が、70周年に向けて更に飛躍致します事を心より期し、祝辞とさせて頂きます。
2014年6月14日防災士資格取得へ(2)
私は東京で、5月22、23日と二日間にわたり防災士資格取得講習会を受講致しました。

そこで、防災について体系的に学ぶ事ができ、また避難所の運営や防災図上演習などの参加型訓練なども体験できましたので、 大変学びの多い二日間の学習となりました。

そして、講習会の最後には、防災士の資格試験もありましたので、私も漏れずに受験致しました。

合否の結果は、月末には郵送で自宅に届けられたのですが、この期間、私も久しく受験生となり、ドキドキして通知書を開くなど、 なんだか遠い学生時代の自分がしばし蘇ってくるものでした。

ところで、開いた通知書には不合格と記されていました。
軽くショックをうけながらも、よくよく見てみますと、なんと印刷された合格という字の前に「不」が鉛筆で書き加えられているのに気づきます。

すでに封も開けられていましたので、まさか子供のいたずらかと部屋を見回してみますと、案の定、ひとり次女が、ニヤニヤとこちらを観察していました。

風変わりですが、これもお祝いの一表現だったようです。

なんだか一安心したところですが、あと一つ、防災士に必須とされる「普通救急救命講習」を私は受ける必要がありました。

早速6月7日に館林消防署に行き、私は心肺蘇生法やAED等3時間の研修を受けてきました。

こうして私も晴れて、防災士の登録申請を行う事ができるようになったわけです。7月末には、待望の防災士の登録証が届くでしょう。

6月9日、総務企画委員会の日でした。私は今議会より委員長を拝命致しますので、そこで所信を述べさせて頂きました。
本年度の目標を「自らが防災の伝道師になる」と掲げ、その旨努力を惜しまない事を決意表明したのです。

県議会においても、地域においても、私はこの気持ちを胸に、しっかり頑張っていきたいと思っています。




すとう かずおみ の県議会での一般質問の様子など を動画でご覧いただく事が出来ます。


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