【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2013年 5月
2013年5月29日山本一太大臣 キーワードを紐解く(1)
七つの顔を持つ大臣

山本一太大臣のパワーの源 草津温泉湯畑
群馬県草津町というところは、不思議なところです。
標高1200m、人口約8000人の温泉町ですが、ここから多数の政治家が輩出されています。
山本富雄元農水大臣(自民党参議院幹事長)、山口鶴男元衆議院議員(社会党書記長)
山本龍前橋市長、そして山本一太参議院議員(沖縄北方担当相)です。
皆さん、草津温泉の産湯に浸かった方々ではないでしょうか。
「草津温泉 薬のいで湯」と上毛カルタにうたわれていますが、湯畑から湧き出る湯に子供の頃から浸かっていると、なるほど相当なパワーを頂けるのではないかと思ってしまいます。

さて、山本一太大臣ですが、七つの顔をもつ大臣と言われています。

(1) 沖縄担当
(2) 北方担当
(3) 領土問題担当
(4) 科学技術会議担当
(5) IT担当
(6) 海洋政策担当
(7) 宇宙政策担当

こんなにも多くを担当した大臣が、これまでいらっしゃったでしょうか。
安倍首相が信頼する側近であるからこそ、 山本一太氏にはこうした重責を担わされたに違いないと思います。

山本大臣の担う仕事は、一見、どれも身近な生活とは縁遠いものに見えますが、
決して、そんなことはありません。
例えば宇宙政策では、地球の近く(東京から上空、名古屋・大阪・広島くらいの距離の所)に人工衛星を打ち上げる事です。
これによって、天気予報や携帯電話、カーナビの使用が可能となるのです。
私達の生活に密着した所の意外な政策に、山本氏は深くかかわっています。





2013年5月29日山本一太大臣 キーワードを紐解く(2)
日本復興 最後のチャンス
群馬県内あちこちに山本一太大臣の演説会のポスターが張り巡らされています。
その演説のタイトルは「日本復興 最後のチャンス」です。
その意味を、私は大好きな野球に例えて次のように考えてみました。

日本の戦後の経済史1945年から1985年までの40年間を、
いわゆる一回戦目のゲームと考えます。
ちょうど日本は、高度成長を遂げ、国際経済相手に快勝し、二回戦に駒を進めた所です。

しかしながら、日本経済は1985年のプラザ合意にて、
大幅な通貨の切り上げをせざる得なくなりました。
日本経済は、バブルとなり崩壊してしまったのです。以後苦戦を強いられています。
そして二回戦目。敗色濃厚な状況で終盤戦に差し掛かりました。

そこへ、安倍政権が発足し、反転攻勢に転じてきました。
アベノミクスという三本の矢ならぬ三連打。
逆転の可能性が出てきたのです。
そして安倍総裁の任期3年が、日本が三回戦にコマを進められるか否かの
勝負どころとなりました。

ここは全員野球です。国も地方も、官も民も全員参加の勝負どころです。
日本復興、この大きな最後のチャンスに、私たちはみんなで頑張らなくてはいけません。
私はそう考えています。





2013年5月29日山本一太大臣 キーワードを紐解く(3)
世界一の得票を目指せ

山本一太 大臣と筆者 須藤和臣
県選出国会議員・県議会議員の合同会議に際し、注目を浴びたのは
山本一太大臣の発言でした。

山本氏は、挨拶の中で「佐田玄一郎先生が、山本一太は、世界一の得票を目指せ。
と激励をしてくださるが、私には意味がわからない。」とはにかみながら、
述べていらっしゃいました。

「世界一の得票を目指せ」とは、果たしてどういう意味なのでしょうか。
2006年の国連事務長選が私の脳裏に浮かびました。

当時は、韓国人、インド人、タイ人、スリランカ人の有力候補の名前が上がりましたが、予備選で韓国の藩氏が選ばれました。
日本はというと、候補者擁立の機運さえ盛り上がりませんでした。
その最大の理由は、人材がいない事です。
国連関係者(日本人)によると、緒方貞子氏の名が上がったというのですが、やはりご高齢の緒方氏には、負担が大きすぎるとのことで擁立までにはいたりませんでした。

現在の国連事務総長は、韓国出身の潘基文氏であります。
潘氏は、韓国外交通商部長官を務められ、2006年2月より第8代国連事務総長を
務められています。

国連事務総長の必須条件は、英語を駆使できる事。
また、出身国の外務大臣クラスを経験することも必須条件と言われます。
もちろん国連での勤務経験も重要です。当然、自国からの支持やバックアップも
必要となります。

ところで、山本一太氏は、米国ジョージタウン大学で国際政治学修士号を取得し、若き頃、国際連合開発計画(ニューヨーク)に3年間勤務をされた経験も持ちます。
そして、その後 日本国 外務政務次官、外務副大臣を歴任され、現在は、安倍内閣の内閣府特命担当大臣として沖縄・北方など7つの担当を精力的にこなしておられます。

一方、夫人の玉村美保子女史は、国連関係の国際機関の職員として、今尚、海外勤務を続けていらっしゃいます。
山本氏の発信力は国会議員随一でありますが、この発信力を英語で駆使すれば、国際社会での影響力も増大していくでしょう。

日本が、巡り巡って国連事務長選挙に挑むとき、山本一太大臣が、その有力な候補の一人になり得るのではないか、そんな事を思って、「世界一の得票を目指せ」の真意を私なりに解釈致しました。





2013年5月9日良識の府 参議院での出来事 から考える。
5月9日 参議院は、本会議で川口順子環境委員長の解任決議を行いました。
結果、野党の賛成多数で可決し、川口氏は解任となったのです。

野党7党の提出した解任決議案には、川口氏が、参院の許可を得ずに中国訪問を延長し、 委員会を中止にしたことを掲げています。
こうした委員長解任決議は、国会史上初めての出来事でしょう。

さて、川口氏は解任後の記者会見で、「日中関係改善の大きな国益を守ったことで、結果的には解任されてしまうという国会の判断は理不尽と言わざる得ない」 と述べていらっしゃいます。
川口氏は、4月下旬に、参議院の許可を得て訪中しました。
その後急遽、楊中国国務委員との会談が入ったため、渡航期間の延長を求めたのですが、参議院では認められませんでした。
そして、そのまま会談に臨んだため、環境委は中止になったのです。

私は、昨今の国会の問題点として、国会審議を重視するあまり、外交が軽視されているのではないかと考えています。
総理や大臣は、国会の日程に拘束され、連休でもなければ会期中に外交に出ることは困難です。

外国の要人が日本にいらっしゃる際にも然りです。日本の大臣等とは、アポイントが、取りづらい環境といえましょう。
こうした原因として、以下のような点が挙げられます。

1.国会において、委員会、本会議などの開催日程は、常に流動的である事。
2.委員会、本会議の際には、大臣の出席が求められる事。
3.導入された副大臣や大臣政務官制が、うまく活用、機能していない事

一方、外国はどうなのでしょうか?
例えば、韓国では、大統領は青瓦台におり、国会に出席することは、年間を通じてありません。
イギリスでは、首相が国会に出席するのは、水曜日の午後のクエスチョンタイム(党首討論)だけです。

日本では、首相や閣僚は予算委員会を始め、国会による拘束時間が長いのが特徴です。
事実、そのことゆえに外交が、疎かになっています。

川口氏は、環境大臣、外務大臣を歴任した方であり、また米国、韓国と共に北朝鮮包囲網をつくる大事な局面でした。
中国とは特に密接な意見交換が求められる場面だったと私は思います。

参議院選を前に「良識の府」が、「政局の府」に変身したのでしょうか。
日本経済が息を吹き返そうとする今、日本、そして国会はもう一度、世界の中心に立つ自覚を持つべきではないでしょうか。





2013年5月2日館林市邑楽郡医師会
こやなぎ小児科 「病児保育室ぱんだ」

病児保育施設ぱんだの外観。
邑楽郡からのアクセスも抜群。

お子様の様子や情報を
このスペースで引き継ぎます。

お部屋は全部で4つ。定員は6名です。

感染症のお子様のための隔離部屋です。
トイレも部屋の中にあります。
館林市の「病児保育施設ぱんだ」を訪問しました。
県下では、他に3つ程、このような施設があります。
その中でも館林市の「病児保育施設ぱんだ」は、開設時期も早く、病児保育の取り組みにおいては 当地は先進地です。

この「病児保育施設ぱんだ」を運営をしている小柳富彦先生は、自治医科大学を卒業されて、永らく館林厚生病院の小児科に勤務された方です。
ご出身は、埼玉県本庄市ですが、館林の小児医療に力を注ごうと思われ、こやなぎ小児科を開業されました。
小柳先生にとって、「病児保育施設ぱんだ」の開設は、自治医科大学のミッション「地域住民の福祉の向上を図る」を念頭においた施設であると語られています。
これまでに「病児保育施設ぱんだ」を利用された方々のお声からは、「夫婦ゲンカが減った。」「会社をクビにならずに済んだ。」などの大変嬉しいことばが寄せられているそうです。

我が家においても、夫婦共働きでしたので、子供が小さい時は、病気になったらどうしようと綱渡りの日々でありました。
働くママ・パパにとっては、病児保育施設は、本当に貴重な存在です。お守りと言っていいのではないでしょうか。

さて、そんな「病児保育施設ぱんだ」でありますが、抱えている課題もあります。
その一つが、邑楽郡の方々が、利用ができないという事です。
郡内5つの町民からも、「利用したいのですが・・・」と施設に問い合わせがあるそうです。

利用できない理由は、病児・病後児保育の事業主体が、市町村であるためです。
つまり「病児保育施設ぱんだ」は、あくまでも館林市が事業主体であって、小柳先生の所へ運営委託しているというわけです。
ですから、館林市民しか利用ができないという事情となっています。
今後、邑楽郡の住民の方々が利用ができるよう、全国の他地域の事例等を参考にしながら、改善策を考えて頂きたいと思っています。
行政の皆様のご協力を何卒、よろしくお願い申し上げます。






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