【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2013年 4月
2013年4月24日東洋大学板倉キャンパスレポート2
創立125年[創立者 井上円了]

井上円了
昨年、東洋大学は125周年を迎えました。
その創立者は、井上円了氏(以後敬称略)であります。

井上円了は、新潟県長岡市のお寺の長男として生まれ、東京大学文学部を首席で卒業されたそうです。
29歳で、東洋大学の前身である哲学館を設立されています。

明治30年代は、富国強兵の傍ら、学校教育の充実が図られ、哲学館にも多くの学生が集い、教師などを全国に輩出していたそうです。

円了の教育方針は、「諸学の基礎は哲学にあり」でした。
明治期の日本は、まだ、迷信や風習・慣習などにとらわれることが多い時代でありました。

円了は、日本人一人ひとりが、自由に考え、答えを見出す。という心の近代化を訴えたのです。
また、世界を旅行し、生涯学習という考え方を当時のイギリスから持ち帰ってきました。

哲学こそが日本の未来を明るくする。125年経った今も東洋大学の教育方針は、健在です。




2013年4月23日東洋大学板倉キャンパスレポート1
「食環境学部」開設

東洋大学板倉キャンパス

東洋大板倉キャンパス サッカー場
2013年4月 東洋大学板倉キャンパスに新たな学部が発足致しました。
「食環境科学部」です。4月5日には開学式が行われ、私も参加させて頂いています。

今から5年半前、同じ講堂で、地域政策学部の東京白山キャンパスへの移転の地元説明会がありました。
生命科学部と地域政策学部の2学部体制が、生命科学部だけの1学部体制に変わるとのことでした。
当時、このことは、地元で大変な問題となりました。
私も群馬県議会本会議で、この問題を取り上げています。
参考までに一般質問の映像はこちら

5年の歳月が過ぎ、新たな学部が設置されて再び二学部体制に戻った事に対して、地元関係者共々皆、胸をなでおろしている所です。

今回の「食環境学部」には、東洋大学の秘めた大きな構想があります。
それは、日本トップクラスのアスリートを養成する事なのです。

東洋大では、新たに「陸上競技女子長距離部」「女子サッカー部」を設置しています。
もちろん寮が完備されています。
そこでは食事などを通じ、栄養学の観点から一流のアスリート養成についての研究が行われるのです。
部員も食環境学部の学生ですから、学生自身の体が、実験材料となり得ます。

私は、今の新一年生が四年生になる頃、これらの部は、日本のトップレベルに成長すると期待しています。
「女子駅伝、女子サッカーの聖地」館林・板倉、新たなキャッチコピーを、今から考えています。




2013年4月11日シルクロードの最果ての地・ぐんま
富岡製糸場と絹産業伝統遺産群

春の富岡製糸場

荒船風穴(下仁田町)を利用した
蚕の冷蔵貯蔵庫(イメージ図)

養蚕技術を普及した高山社跡(藤岡市)

これぞ、まさに世界遺産!
人と蚕が同居する養蚕農家 (島村)
世界遺産候補富岡製糸場と絹産業遺産群の視察をいたしました。

富岡製糸場は、過去3度程、伺ったことがあるのですが、絹産業伝統遺産群、 荒船風穴(下仁田町)、高山社跡(藤岡市)、田島弥平旧宅(伊勢崎市)を 見学させていただくのは、初めてでありました。

「百聞は一見にしかず」と言いますが、現地に足を運びますと当時のイメージが、 空想にて、ストーリー化されていきます。

私は、6年ほど前から議会の委員会などにて「シルクロードの最果ての地・ぐんま」をアピールすることを 提唱してまいりました。特に当時の磯田観光局長には直談判をしてそのことを訴えました。

磯田元観光局長は、その後、富岡市の副市長さんに就任をされていらっしゃいます。
私の当時の直談判を覚えていていただき、「今、その仕事をやっているんですよ。」と今回、出迎えてくれました。

通説では、「シルクロードの東端は、奈良」であると主張されていますが かつて東国文化の中心地であった群馬は、軍事、仏教、技術、外交面でも奈良の先の「シルクロードの最果ての地」であったのです。

そうした地に日本近代化の象徴である官営富岡製糸場が明治時代に渋沢栄一や尾高惇忠等の尽力によって創設され、 上州の先人達の努力により養蚕業や絹産業の技術革新や教育・普及、直輸出促進などが行われ、「まゆと生糸は日本一」と謳われたのは 歴史の偶然では、ないと思います。

今回の世界遺産登録候補には、島村(現伊勢崎市)の田島弥平家などが入っておりますが、人と蚕が同居するという養蚕建物は、海外では見られないそうです。
人が住むところが一番いい環境だと当時の田島弥平さんらは考えたのだそうです。

田島弥平家の南東には、血洗島(現深谷市)という集落が目と鼻の先に見えます。ここには渋沢栄一の生家が有り、その向こうには、富岡製糸場初代社長の尾高惇忠の生家があります。
皆、赤城、榛名、浅間など上州の山々を見ながら育った方々が、日本を近代化へ導いたのです。




すとう かずおみ の県議会での一般質問の様子など を動画でご覧いただく事が出来ます。


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