【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2012年 3月
2012年3月27日東洋大学生命科学部シンポジウム
「群馬県における高大連携」
東洋大学板倉キャンパスにおきましてシンポジウムが開催されました。
私がこのシンポジウムに参加した目的は、群馬県と東洋大学の高大連携の実態を調査 するためでした。

講師は、群馬県立勢多農林高等学校教諭の栗原宏泰氏です。
栗原氏は、群馬県内農業系高校と東洋大学生命科学部との間で行われている高大連携を、更に進展させ、 県内のモデルケースとして大きく成長させていきたいとの抱負を述べられていました。

これまでの実績を拝見致しますと、平成20年・21年に、重点地域研究開発推進プログ ラムとして、 群馬県の伝統食材「大白ダイズ」を用いた機能性保持食品への応用開発に、研究課題 として取り組んでおられました。

このプログラムにおいては、県内の4機関の連携が行われています。
東洋大学生命科学部、群馬県産業技術センター、(有)尾瀬ド―フ、群馬県立勢多農 林高等学校です。
このようにして得られた成果は、利根郡の名産として、現在「尾瀬ド―フ」という名 で、ブランド化され、販売へと至っていました。
そして、この研究過程は、高く評価されており、平成22年全国学芸科学コンクールに おいて内閣総理大臣賞も受賞しています。

その後の高大連携による研究も活発で、神流町の「あかじゃが」や高山村の「りんど う」などの分野でも、研究が進められています。

そして、更なる円滑な連携を目指し、平成23年には、「東洋大学生命科学部・群馬県 立農業関係高校連携協定書」の締結も行われました。
本年度には、東洋大学の先生方と群馬県内農業関係高校の先生方との研修会も予定さ れているそうです。

群馬県と東洋大学の高大連携は、これからもますます進化していくようです。
こうした取り組みは、私は、研究開発の進展と共に、生徒や先生方のモチベーション の向上にもつながると考えます。
何よりもこうして未来の人材育成が行われます事を、心から願い、ご期待するところです。





2012年3月20日群馬県立女子大 群馬学センター
リサーチフェロー発表会 「修身説約」について
群馬県立女子大学の中に群馬学センターというシンクタンクがあります。
ここは、教育機関というより、群馬県の歴史や文化を詳細に 研究し『群馬学』を確立していく所と言えます。

平成23年度は、10名の方々が、リサーチフェローに選ばれ、一年間をかけて、それぞれのテーマごとの 研究がまとめあげられました。
(その中には、福田康夫先生のご長男、福田達夫氏も含まれていらっしゃいます。)

この研究成果の発表会は、3月20日に行われ、私も、関心がありましたので、拝聴致ししました。
発表の中でも、特に興味がありましたのは、臼田直記氏の「修身説約」についての研究です。

「修身説約」とは、明治の初頭、第二次群馬県の初代県令、揖取素彦氏が、群馬県の教育振興を願い 学務課員の木戸麟氏により編纂して頂いた教科書の名です。
この教科書は、明治11年12月より明治25年頃まで、使用されていました。
東京の書店が、出版した事で当時、この教科書は、全国的にブレイク致しました。
平成15年に、群馬教育センターで、明治期の教科書研究が行われ、その際、この本の口語訳が行われました。

臼田氏の研究によると、揖取県令が、編纂を命じたのは、文明開化の折、群馬県も生糸など外国との交流が 盛んとなった時代でした。
教科書編纂の目的は、吉田松陰のもとで学んだ、幕末の思想を伝えるためではなかったかと考えられています。

 本の構成は176話中、160話が、実名の偉人小伝です。
内、西洋のものは約80話、中国のものが約40話、日本のものが約40話です。
西洋の話の方は、大方、サミュエル・スマイルのセルフヘルプ(西国立志編)から取られていました。

明治の一時期、群馬県は、西の岡山、東の群馬と言われた程、教育に熱心な県でした。
その背景には、揖取素彦氏の存在と、修身説約がありました。
臼田氏は、この揖取素彦の行った県令の教育行政の恩恵を受けた人物として、 鈴木貫太郎元首相を、挙げていました。

彼は、もともと千葉県の関宿の出身ですが、父上が千葉県庁か群馬県庁のどちらかに奉職するか 悩んだ折、当時の教育先進地であった群馬県を選び、住居を移したというエピソードがあります。
前橋市の桃井小学校から群馬中学へと進み、やがて昭和天皇の侍従となり、67歳の折には、終戦時の 首相を任せられました。
この時期、日本の降伏宣言が、数日でも遅れていれば、ソ連が、日本を侵略したかもしれないという大変な 危機であったといわれます。
当時の鈴木首相が、降伏にむけての多大な尽力を払った事は、言うまでもありません。

この鈴木貫太郎元首相の素養の基礎が、群馬県の教育で培われたと考えられます事は、群馬県人として本当に誇りと言えましょう。

今日では、県民に振り返られることもなく、完全に埋もれてしまった明治期の教科書ですが、 今再び、多くの人々の目に触れる事ができるよう、世に紹介すべきではないかと強く感じました。





2012年3月13日エネルギー特別委員会 最終日

ESCO事業のしくみ
群馬県議会エネルギー対策特別委員会は、昨年、3月11日の 東日本大震災及び福島第一原発事故によって、昨年5月に 発足致しました委員会です。
当初の目的を遂行した為、今議会で閉会となりました。

ここで一年間、議論させて頂きました事は、執行部に対しての 10の提言という形で引き継がさせて頂きます。
この提言は10名の委員によりまとめ上げられたものです。
提言書は添付されていますので、是非、ご一読ください。
詳しくは、こちら

さて、本特別委員会の最終日、私はESCO事業について提言を 致しました。以下の内容です。

※ESCO事業とは、Energy Service Company の略称で、民間の企業活動として省エネ ルギーを行い、ビルオーナーにエネルギーサービスを包括的に提供する事業の事です。

つまりESCO事業と契約すると、オーナーは、省エネルギー等に関する診断を受け、方 策導入のための設計や施工、導入設備の保守・運転管理、資金の調達などの包括的なサービス を提供を受けます。

そして、これまでの環境を損なうことなく省エネルギー改修工事を行ってもらい、省 エネ効果を保証してもらうというものです。過去、米国でその手法が発祥し、 日本では小渕内閣の時に導入が始まりました。

現在では、ESCO事業者として、大手設備会社等が百数十社、参入しております。 群馬県の公共施設でも、随時、ESCO事業の導入を進めてきています。
今後ESCO事業には、従来より期待される、省エネ、省コストという価値に加え、 再生可能エネルギーの導入も推進していくべきではないでしょうか。
是非、太陽光・木質バイオマス・地中熱など、群馬県が率先して取り組んでいる 再生可能エネルギーを取り入れて頂きたいと思います。

そして、地元のESCO事業者の方々にも、積極的に、多種多様な実績とノウハウを積み 上げて頂き市町村や民間などへ再生可能エネルギーを広く普及できるきっかけとなって いただければすばらしいと思います。

栃木県では、すでにダムの節電をESCO事業者に委託することが決まりました。
そして更に、ESCO事業者に新規の水力発電も委託するそうです。
省エネと合わせ、再生可能エネルギーの発電までも担って頂く。
新たなESCO事業の発想は、もう始まっています。

平成23年度 再生可能エネルギーの取り組み実績は、こちら





2012年3月8日環境農林常任委員会
群馬県水源地域保全条例(仮称)について

作画:すとうかずおみ
環境農林常任委員会の初日は、5月議会への提出が検討されている 群馬県水源地域保全条例(仮称)の説明を受けました。

この条例は、先般、シンガポール人が、嬬恋村の山林約40ヘクタールを取得した事を受け、 群馬県が急遽、条例をまとめあげたものでした。

この条例の一番のポイントは、水源地域(水源の涵養機能を有する森林が所在する地域) を指定し、その土地(1ヘクタール以上)の売買には、契約の30日前に届け出を 義務づけるという規定を設けた点です。
これは、水源地の取得の監視を強化し、外国人による土地の買収を予防するという狙いがあります。

そうした説明を受けた後、私は意見を申し上げました。
以下のように、私は考えます。

この条例案は、導入としては、意義のあるものと評価致します。
しかし、問題の本質は、外国人による土地の取得という点ではなく、地下水を 私水と考えるか、公水と考えるかにあるのではないでしょうか。

現在の日本の民法では、土地の所有者に、その土地の地下水の権利があります。
即ち、日本においては、地下水は私水と捉えられる訳です。
過去、こうした事が、問題になる事はありませんでしたが、 昨今、世界的な水不足事情が影響し、日本の地下水などの水源が、 売買の対象となりはじめた事から、徐々に問題視されるようになりました。

問題は、山林などの水源地域ばかりではありません。
地下水の用途は主に工業用水として利用されています。次いで生活用水、農業用水、養魚用水、建築用等の順です。
こうした地域で、地下水の問題として論じられるものとしては、地下水位の低下による地盤沈下などがあります。
近い将来、危機管理という観点で、今後企業による地下水確保も、加速してくるかもしれません。

本来、地下水は、誰のものでもなく、その流域に生息する全ての生命のためのものです。
ですから、私達は責任ある管理をしていくべきでしょう。

現時点、河川水は、公水として河川法の規制を厳しく受けているものの、  地下水においては、基本的な扱いを規定する国家法さえ、存在していません。
地下水は、まさに盲点であります。

大震災の教訓からも、地下水は、災害時には、重要な水源ともなり得ます。
例えば、災害時により、断水された時などは、個人の井戸水も含め、広く地下水を公水として扱えるよう、 至急備えるべきではないでしょうか。

群馬県は、今、地下水を含む水全般の考え方をまとめる段階に入ったのだと思います。





2012年3月2日凸版印刷 明和第三工業団地進出決定!

(写真は上空から撮った明和第三工業団地)
今から約5年前、私が初当選し、初仕事として、取り組みました仕事に 明和の第三工業団地造成がありました。

当時、群馬県企業局は13年もの間、工業団地造成を凍結していたのです。
そして、その再開においても、とても消極的でした。

一方で、企業側の設備投資意欲は、大変旺盛でした。
県内では、企業立地できる土地の在庫は、もうすでに限られた面積が 残っているのみとなっていたのです。

そこで私は、民間による開発を進めている埼玉県庁の取り組みを 新しい視点として紹介し、なんとか工業団地造成を再開してもらえるよう 奮闘していました。

埼玉県の事例は、こうでした。
圏央道のIC周辺に産業団地を3か所、造成中だったのですが、 大きな工業団地(川島工業団地)は、開発を民間で行い、小さな工業団地2カ所の方を 埼玉県企業局で、開発するという形をとっていたのです。
群馬県では、かつて工業団地造成の開発を民間が、行ったことは、ありません。

私は、そうした事例を持ち上げながら、企業局が、工業団地造成の開発に意欲を示さなければ、 今後は、知事部局(産経部や県土整備部)主導をとって頂き、 民間企業とタイアップし、開発を進めていく形を提案申し上げたのでした。
一般質問、工業団地造成について参照
その後、企業局は、工業団地造成の再開を決定致しました。

ちょうどこの頃、良いタイミングで、ご尽力してくださったのが、当時の館林行政事務所の鬼形尚道次長です。
彼は、館林市邑楽郡内に既に立地している企業に対し、 「なぜ、館林邑楽に立地したのか?工場長に聞く!」というシンポジウムを企画してくださったのです。
このシンポジウムには、館林のカルピスさんはじめ、6社の工場長の皆様が、パネリストとして参加して頂きました。

私は、このすばらしいチャンスに歓喜し、県企業局、産業経済部の課長等、全員に参加いただけるよう お願いをし、このシンポジウムに臨んだのでした。
こうした多くのプロセスを経て、群馬県企業局による、明和町第三工業団地の事業化は、決定するに至ったのです。

造成開始後は、世界的な金融危機も起こり、 明和町の町長さんにおいても、「本当に売れるのか」と心配されていた時期もありましたが、 私は、全く不安を感じませんでした。
それは、何といっても、この土地に、抜群の立地条件があったからです。

当時のマーケティングでは、企業の立地ニーズは、関越道よりも東北道沿線の方が 約三十倍も多いというデータがありました。
明和第三工業団地は、東北道館林ICからも近距離。
大消費地東京から60キロ。後背地には東北6県の消費地。また、北へ15分行けば 北関東道・佐野/栃木ジャンクション。南に15分行けば圏央道・久喜ジャンクション。
物流面でも、関東や日本列島を縦横無尽に移動できる中心的なこの地は、必ず、企業に選択されると 確信していました。

そして、とうとう、平成24年3月2日、凸版印刷が県企業局と土地の売買契約、15万4千平方メートル (約30億円)を締結いたしました。
今年、10月に着工し、2014年3月の工場完成を目指します。設備投資額は100億円以上。
新規の雇用は1000名となりそうです。

裏話ですが、当初、凸版印刷さんは、埼玉県の立地を予定していたようです。
そこを群馬県に誘致することが出来たのは、事実、群馬県企業局のタフで熱心な営業マンの ご尽力の賜物にちがいありません。
企業局には、心から感謝しています。
そして、今後の凸版印刷さんの事業のご繁栄を、心よりお祈り申し上げます。





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