【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2011年 8月


2011年8月26日菅首相 退陣表明!
思い起こす菅直人氏よもやま話
この日、菅首相が、退陣を表明されました。 国内外において、昨今の批評は辛辣なものばかりです。 私も第二次森改造内閣時に谷津農林水産大臣の大臣政務秘書官をやらせていただきましたので、 内閣が、マスコミ等によって崩されていくという実感をした当時の様子が、思い起こされます。

日本の場合、どの政党、どの内閣が、政権をとっても、足を引っ張ろうとする、力学が働くものです。 世界各国、政党政治であるならば当然のことかと思いますが、事の他、日本や韓国のお家芸となっているようです。 韓国では、歴代の大統領が、退陣後、必ず逮捕されますし、日本では、毎年、総理大臣や閣僚が変わり メリーゴーランド政治と揶揄されます。

さて、今回退陣される菅首相、私は過去において、全くご縁のない方では、ありませんでした。 それは、谷津義男農林水産大臣の際の、有明海の海苔の不作問題に事を発します。 当時、この不作の原因は、農林水産省が進める諫早湾の干拓工事にあると、有明海域の海苔の生産者の方々より、矛先を向けられていたのでした。 同じ頃、「ムツゴロウを守れ!」と干拓工事反対に、熱心に取り組んでいたのが菅直人氏だったのです。 10年以上経った現在、既に工事は進捗し、農地が造成され、農家の方が、入植されています。 しかしながら、ここにきて菅首相の意地が、働いたようです。 今般なんと、諫早湾の水門を開ける事が、決定されたのです。 早速、鹿野農林水産大臣は、現地自治体に赴き、丁重に謝罪を繰り返したそうです。 何故ならば、当時、諫早湾干拓工事を推進したのは、誰であろう鹿野農林水産大臣ご本人だったのですから。




2011年8月25日群馬県立農林大学校視察
この日、高崎市箕郷町にある県立農林大学校を視察致しました。
この農林大学校は、かねてより「卒業生が、就農していない」と噂されていまいた。 今回の視察でもって、その実態をお伺いすることができました。 参考までに過去3カ年の卒業生の進路状況をご覧いただきたいと思います。(別紙PDF参照)
平成22年度は卒業生60名中26名が就農しており、以外にも数字が大きいので安心しました。 その他、農林業関係の団体に11名、民間企業に12名(内、農畜林系6名)、 公務員5名、進学2名、未定者4名となっています。 実家で、就農する前に一度、よそに就職をしてから、実家へ入るという傾向の方も多いと聞いています。 今回、学生とも一緒に昼食を食べながら会話をすることもできました。 お話した一年生は、全寮制なので、一生の友達が築けると良い感想を述べておられました。 私には、皆誠実で、男女とも輝いて見えました。 最近は、入学希望者も増加傾向にあります。高校の農業科の卒業生や県職員のご子弟も多いそうです。 授業料や寮費など格安なのも魅力です。 進路等で、御関心のある方は、下記までお問い合わせください。



群馬県立農林大学校
群馬県高崎市箕郷町西明屋1005
TEL027-371-3244
FAX027-371-6968
http://www.gunma-iaf.ac.jp/
「卒業生の進路状況」




2011年8月25日日本初!クマハギ ビデオ収録
群馬県林業試験場の場長から、日本で、初めてクマハギのビデオ収録に成功したとの情報を得て、林業試験場に赴きました。
写真のように群馬県内では、ツキノワグマによる人工林の皮剥ぎ被害がみられています。 ご覧の通り、利根町、みどり市、桐生市等にその分布は、集中しています。
クマハギにより、林業者は金銭的にも被害を被ります。 また被害木は、枯れやすく、倒木は水源涵養や土砂流出機能を低下させ、環境にも大きく影響します。 林業試験場の調査によりますと、16時間~18時間かけて、 同じクマの親子が、460本の木の皮剥ぎを行っていたことが、わかりました。 ヘアートラップといって、熊の毛を採取する仕掛を設置し、遺伝子解析することによって ツキノワグマの個体数及びその行動範囲が、おおよそ確定できるようになっています。 現在、研究されている内容は、以下のとおりです。

1. 剥皮グマを知る
・被害地域の生息数は?
・すべてのクマが剥皮するのか?

2. 剥皮理由を探る
・なぜ、剥皮するのか?
・剥皮する場所の特徴は?

3. 有効な防除対策

全国各地でも、同様の被害や研究が進んでいると思います。
情報を共有し、連携をすることが大切です。是非、近隣県の皆様も群馬県林業試験場に お越しになり、日本初のクマハギのビデオ映像をご覧ください。(担当は片平研究員




2011年8月24日東京銀座ぐんまちゃん家リニューアル!
群馬県総合情報センターこと、東京銀座のぐんまちゃん家に行って参りました。
1F部分は、リニューアされ、今まで以上に物販部分の拡充が行われていました。
人の賑わいもあり、群馬県の名産品を、楽しく買う事が出来ます。
そして、2Fは、イベントスペースになっています。
この日は、利根実業の高校生が来ており、元気に農産物や工芸品の展示即売を行っていました。
このイベントスペースですが、群馬県内の団体等であれば、無料にてご利用できます。
ぐんまちゃん家を使えば、銀座のど真ん中で、イベントを打つチャンスが持てるのです。
御関心のある方は、是非、群馬県企画部企画課まで、御相談下さい。
 また、こちらの宮崎所長さんですが、この方は知る人ぞ知る、かつて四万温泉を人気温泉として全国へと知らしめた、第一人者です。
この度は、群馬県の大抜擢で、宮崎氏をぐんまちゃん家の主(あるじ)として、お迎えできました。
群馬県内の観光等で、情報をお知りになりたい方、ぐんまちゃん家を頼り、お電話してみるのもいいかもしれませんね。

ぐんまちゃん家(ぐんま総合情報センタ-)
住所:東京都中央区銀座5丁目13番地19
電話:03-3546-8511
FAX:03-3546-6551
メ-ル:g-info@pref.gunma.jp




2011年8月24日農林水産省訪問
久方ぶりに農林水産省に行って参りました。
野菜価格安定化基金についてのレクチャーを受けるためにです。
かつての同僚ともお会いし、大変懐かしい思いをしました。
今回、印象に残ったもののひとつに、官僚の皆さんのモチベーションが、下がってきているという問題がありました。
それは、霞が関において、天下りが無くなった事が、原因と考えられます。
 私が秘書官を務めていた時は、農林水産省の課長の年齢は40歳代と大変若く、
「霞が関は、若い!」という事が、印象的でした。
若いうちに部下を持ち、鍛えられ、仕事は、深夜まで続くなど、タフな体力も求められていました。

現在は、少し変わりました。
天下りが無くなり、その結果、霞が関は高齢化し、人事がよどんできています。
かつて、東大法学部トップ100名のうち99人もの人が、官僚へとすすんでいくという時代がありましたが、今では、外資系への就職や弁護士等になる方の方が多いと聞いています。
日本国家の一番のエリート達が外資へ行くことは、日本国においては、人材流失です。
残念なことだと思います。




2011年8月24日第二回八ツ場ダム建設推進全体協議会
8月22日の八ツ場ダム現地視察に引き続き、
この日、国会議事堂前の憲政記念館で開催された 第二回八ツ場ダム建設推進全体協議会に参加して参りました。
そもそも八ツ場ダムの原点は、昭和22年9月のカスリーン台風に由来します。
当時、利根川下流域では土手が決壊し、1000名を超える死者を出しました。
当時は、終戦直後であり戦争によって、河川の防災意識等が薄らいでいた時であったのです。
こうした教訓から、利根川上流域のダム建設が急がれたのでした。
そして、昭和25年、吾妻川流域の八ツ場建設の調査が開始されたのです。
以来今年で59年が経過します。
水没地域の方々は、長年にわたり、翻弄され続けています。

この大会で、声高く訴えられていたのは、やはり下流域の方々でした。
東京都の江戸川区議会議長さんは、訴えます。
「江戸川区の7割が海抜0メートルに位置しています。カスリーン台風の折は、被災者13万人、被災家屋3万戸でした。現在の人口は68万人です。
利根川下流域の氾濫は、何としても避けなければなりません。」と。

また、埼玉県の前大利根町長さんは、こう語りました。
「埼玉県側では、この10年、28回の利根川の漏水がありました。
かつて、江戸時代、利根川が東遷されましたが、これに対し、元の東京湾へ回帰しようする自然現象が起きています。
これが、漏水の原因です。 しかし、地元の水防隊が、しっかりと仕事をしているので、東京の人達は、安全に守られています。」と。

また、埼玉県の上田知事は、訴えます。「中止した場合は、1都5県が負担した、2000億円を超える賠償が必要となる。推進した場合は、ダムの本体工事660億円で済む。」と。この秋、国土交通省により、再検証の結果が公表されます。
答えは如何に?




2011年8月23日自民党政調会
9月定例議会に提出される補正予算の概要について各部ごとに分かれ、一日かけたヒアリングが行われました。
冒頭、県税収入が、震災や電力不足の影響で、当初予算より、40億円程減少するという事が、述べられていました。
詳しい内容は、ここでは控えますが、ひとつだけ様子をお伝えします。

病院局が、県立三病院の避難誘導等の電球をLED電球に変えるという予算を計上して参りました。
一度に変えるのではなく、約3分の1程度変えると言うのです。
「この際、すべて変えた方が、いいのではないか」との意見が活発に出されました。
しかし、病院局側は、「応援頂けるのは有難い」としながらも頷く事はありませんでした。
そこで、私は、大方の意見と異にした発言をしたのです。
「おそらく企業でも、予算が不足しているときは、一度に全部やらず、3年位に分けて、やるのでしょう。
ところで、LEDに交換し、不要になってしまった多数の電球は、どうするのですか?処分するのですか?」
病院局側は、この問いには、答える事ができませんでした。
そこで、私は要望しました。
「交換した電球は、取っておいて、残りの電球の球が切れた時に、使ってください。
節電というのは、電力の節約とお金の節約の両方を意味しますよ。」と。




2011年8月21日今、人気のパワースポット、榛名神社視察
最近、パワースポットとして人気を集める所に、榛名神社があります。
今回、榛名神社を視察してきました。
榛名神社の参道には、今も沢山の宿坊が残っています。
それは、往時の繁栄を偲ばせるものです。
当時の宿坊は、今や、手打ちそばの有名なそば処となっています。

山門をくぐりますと、早速私は、榛名神社の強いパワーを感じました。
長い参道の末に行きついた社殿の裏側には、大きな岩がありますが、私はそこからの自然のパワーではないかと感じました。
ところで、私は4年前より、委員会にて榛名神社の観光の魅力を提唱し続けています。
今回、私が新たに提唱したいのは、看板設置のお願いです。
人出の多くなった榛名神社の道路わきに、是非、「群馬県三大パワースポット」
と掲げて頂きまして、1.榛名神社 2.赤城神社 3.妙義神社と記して頂けないでしょうか?
これだけでも、赤城山振興と妙義山振興へと繋がると思います。
現在、県が多くの予算をかけ、赤城山振興に力をいれていますが、赤城山は、そもそも信仰の山ですから、榛名神社の道に、こうして案内版を掲げて頂く事は、理に叶っていると思います。
「群馬県三大パワースポット」という看板の案は、如何でしょうか。




2011年8月21日中ノ条ビエンナーレ視察
中ノ条ビエンナーレとは、中ノ条町全体で取り組んでいる芸術の祭典です。
そこは、現代アートの作家たちによって、実に美しく不思議な空間が作られていました。
この日、入内島中ノ条町長(写真右)に御案内いただき、町内の各会場を見学致しました。
前衛的な作品もさることながら、真っ白いジャケットと、洒落た靴を見事に着こなして快活に振る舞う町長こそ、最高の町のトップセールスでいらっしゃると感じました。
以前は、四万温泉の旅館を経営されていたそうです。
お尋ねすると、日頃は蝶ネクタイをして執務をされるとの事。
このイベントにより、芸術家の卵である学生さんたちが、大勢集まっていらっしゃいました。
48歳という若い町長さんの感性だからこそ、ビエンナーレを企画・誘致することができたのでは、ないでしょうか。




2011年8月10日図書広報委員会にて、県議会史を学ぶ

湯浅治郎氏
群馬県議会 展示ホールのリニューアルに向けて第1回の検討会が行われました。
今回は、県立歴史博物館の学芸員、手島仁氏をお招きして、群馬県議会史についてのお話をお伺い致しました。
私も今まで、知らなかった歴史を知る事ができ、大変勉強になりました。

例えば、初期の議会(明治12年県会設置から日清戦争まで)の特徴の一つとしては、 クリスチャン議員が多かったという事が、あげられるそうです。
それらを生んだ背景としては、次のような事が、考えられるそうです。

当時、群馬県の主なる産業は、生糸でありました。
そして、生糸輸出県として、群馬県は海外と直結していた時期が、暫く続いていたのです。
この時期、海外の文化に大きく影響を受け、クリスチャンになられた生糸関係者の方々が、 多かったと言われています。
群馬県議会では、湯浅治郎(碓氷郡)・宮口二郎(碓氷郡)・斉藤寿雄(北甘楽郡)・山口六平(吾妻郡) 野村藤太(佐波郡)・竹内鼎三(南勢多郡)・星野耕作(南勢多郡)等といらっしゃいました。
明治13年には、35名の群馬県議会議員が、廃娼に関する請願書を楫取素彦県令に提出しており、 明治26年には、日本初の廃娼県となりました。
こうした偉業の背景には、クリスチャン県議の存在が挙げられるのではないでしょうか。

また当時、地方官(知事・郡長)の民選の建議も、盛んに行われていました。
「知事や・郡長の俸給は、地方税で賄われているのだから、
中央政府こそ、地方の民情を知らない中央の人から選ぶべきではない。
県民に実益が与えられるよう、民選すべきである。」とその意図を明確に主張していました。
上州人の気質は、今も昔も変わっていないのではないでしょうか?




2011年8月10日臨時議会招集 茂原副知事再任!
大沢知事再選後、初の臨時議会が、召集されました。
今回、提出された議案は、茂原副知事の任期満了に伴う再任についてでありました。
どなたからも異論はなく速やかに副知事選任が、決定致しました。
茂原副知事は、お人柄も良く、大沢県政を4年間、支えていらっしゃいました。
改めて副知事のご経歴を、ご紹介致します。

茂原璋男(しげはらあきお)
昭和18年7月24日生(68歳)
本籍群馬県
現住所高崎市
学歴中央大学経済学部卒業(昭和41年3月)
[ 職歴 ]
昭和41年4月 衛生民生部厚生課
 57年4月 総務部部長室企画調整係長
 61年4月 同 地方財政係長
 63年4月 同 地方課課長補佐兼財政係長
平成元年4月 同 広報課総括課長補佐
 3年4月 企画部部長室総括課長補佐
 4年4月 総務部秘書課総括課長補佐
 7年4月 商工労働部工業振興課企業立地
 推進室長
 9年4月 同 観光物産課長
 10年4月 総務部秘書課長
 11年4月 同 参事兼秘書課長
 11年9月 議会事務局長
 16年3月 定年退職
 19年8月 群馬県副知事




2011年8月4日危機管理時代の到来
(排水の図上訓練の必要性)
第62回の利根川治水同盟治水大会に、参加致しました。
この会は、昭和22年9月、カスリーン台風により、甚大なる被害をうけた事を契機として 利根川水系都府県の自治体、関係団体等によって設立されたものです。

大会の冒頭、国土交通省水管理・国土保全局の関氏が、挨拶の中で、(今年8月)新潟、福島の集中豪雨の件に、触れておられました。
それによると、当日の降水量は、平成16年の水害時の2倍近くもあったそうです。
しかしながら、被害の規模が、前回の時に比べ、半分ほどで済んでいるという事は、大変評価すべきだというのです。
理由として、これまでの教訓が、十分に生かされて、ハード面での整備が進んでいた事、 また、住民の皆様の避難訓練が功を奏している結果ではないかと、考えられています。

さて、私達は、利根川水系に、住んでいますが、八ツ場ダム完成が目前となり(但し、民主党政権下休止中)、 また、国営渡良瀬農地防災事業も今年、完成をするなど、一進一退の感はありますものの、ハード面では 徐々に改善されてきました。
今後は更に、ソフト面の強化が、必要とされるでしょう。
現在、排水ポンプ等や、堰などは、国、県、市町村、各水利組合等の団体が、それぞれに分かれて管理しています。
そのため、台風襲来や、ゲリラ豪雨のなどの際は、それぞれのセクションで、うまく連携をとる必要があります。
水の流れがどうなっているのかも、地域全体で情報を共有しなければなりません。
有事に備え、関係者による図上訓練を重ねる事が、ソフト面では、最も大切な事だといえるのではないでしょうか。
水防訓練には、私もよく参加させて頂きます。
そして、消防団の皆様が、中心となって頑張っておられる姿には、大変敬服しています。
今後は、排水の図上訓練も、必須です。是非、危機管理対策を強化して頂きたいと思います。

特に私たちの住んでいる館林邑楽は、上流の水が、集まる地域です。
すでに先般の台風6号で、排水についての改善点が明らかになったばかりです。
危機管理意識を高め、皆で、有事に備えるようにしましょう。




すとう かずおみ の県議会での一般質問の様子など を動画でご覧いただく事が出来ます。


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