【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2011年 5月
2011年5月28日大沢正明選対発会式が、
県内8ヵ所で開催されました。
館林市を皮切りに、群馬県東部地域の、八つの郡市において6月16日告示の知事選にむけた、大沢選対の発会式が行われました。
私自身、昨年の十月から大沢知事と一緒のポスターを、館林市内に貼らせて頂いています。
そのポスターを貼っている理由は、県議選は勿論の事、その後の知事選を意識してのことです。
私は、大沢正明氏を推薦していますが、その理由は、三つあります。

一.
群馬県が発足して、140年。東毛が合流して、135年となります。
4年前の、大沢知事が誕生するまで、東毛出身の知事は一人も存在しませんでした。
県央に比べて、東毛の出遅れ感を、挽回するためにも、東毛から知事を選出することは、大切だと思います。
二.
東日本大震災をうけ、日本は防災や危機管理の意識が高まっています。私は、47都道府県中、大沢知事ほど防災服の似合う知事はいないと思います。
何故なら、大沢氏は慶応大工学部を卒業の後、海上自衛隊に入り幹部候補生として広島県の江田島で訓練を受けていらっしゃいました。
江田島では、今も、起床の5分後には校庭に整列し、点呼が行われています。
当時、大沢氏の時代は、3分後だったそうです。
危機時には、スピードが、重要となるものです。
こんな時だからこそ、大沢氏が、ふさわしいのではないでしょうか。
三.
大沢氏は民間出身の方で、実は大変経済通でいらっしゃいます。
政治の目的の一つには、暮らしの安定がありますから、群馬県経済を支えるためにも、大沢氏の手腕に是非とも 期待をしているのです。




2011年5月24日自民党県議団研修会
群馬県出身の最初の総理、鈴木貫太郎
県議団の研修会が、県政会館にて開催されました。
講師は、元群馬テレビ社長の鈴木 叡氏です。
講演の内容は、「終戦時の総理、鈴木貫太郎」でした。
鈴木貫太郎元総理は、当時、昭和天皇からの信任がとても厚く、唯一陛下に乞われて、総理に就任された方でありました。
しかし、その方が、小学校、中学校時代と群馬県前橋市で過ごされていたという事を知る人は、ほとんどいません。
鈴木家の実家は、千葉県の関宿町にあります。今は、元総理もそこに眠っていらっしゃいます。
関宿と言えば、私の住む館林とは、距離的に近いので、そうした意味では、とても身近な存在に感じます。
ところで、上州出身の総理として数えると、一番最初の総理になるのではないでしょうか。
鈴木貫太郎元総理についての、大変興味深い講演でした。




2011年5月24日群馬県環境資源保全協会総会にて

宮城県石巻市のがれき集積所
民間の産業廃棄物収集運搬等に携わる方々により構成されている群馬県資源保全協会の総会が、前橋マーキュリーホテルにて開かれました。
この団体から、大規模震災時の、がれき等の一時保管場所を、 県において計画し、確保して頂きたいとの要望がございました。
実は、今年1月も、同じ要望がこの協会よりでています。
この件については、以前より私は、県より むしろ市町村単位の方向で、一時保管場所を確保する事の方が、適しているのではないかと感じていました。
私も今回、東北地方の被災地を視察したのですが、やはり、災害時のがれき等は、移動自体に困難をきわめています。
ましてや、一時保管場所への道路が寸断された場合には、どうにもならなくなるでしょう。
そうした点からも、近場の市町村にて、確保し、分散して対処する事の方が、現実的だと思います。
いずれにしても、各市町村との連携で、東日本大震災を教訓とした、一時保管場所マップを、今後、県が責任を持って作っていく事が、大切であろうと思います。




2011年5月20日館林市小中特別支援学校PTA連合会
総会に際し、二つのことをお繋ぎしました。
この総会で、永年にわたり、PTA活動に御尽力された皆様に対して、表彰式が行われました。
私は、今回祝辞を述べる際、以下の二つの事柄も、加えてご報告させて頂きました。

一つは、交通事故の件です。
前年度に比べ、事故数は減少しているものの、死亡事故が増えています。
特に4月が17件と全体の34件(5月20日現在)の半分を占めてしまいました。
これを受けて県では、交通事故非常事態宣言を出しています。
また、死亡事故を、警察署管内別で見てみますと、太田署が、7件、大泉署が4件、館林署が4件ととなり、太田以東が、突出している事が、わかります。
保護者の皆様には、十二分にお気をつけて頂けますようお願いを致しました。

二つ目は、携帯電話のフィルタリングの問題の件です
。 この五月定例議会には、新たな条例が提出されています。
内容は、青少年が使用する携帯電話には、有害情報にアクセスできないようフィルタリングをしたものでなければ、販売できないとするものです。
販売した場合には事業者に対し、罰則規定が付きます。
これは、青少年を守るために、全国的にみても大変厳しい条例となっています。

子供達を取り巻く環境が、常に安全でありえるように、今後もPTAの皆様と心を一つに、頑張っていきたいと思います。




2011年5月18日南波和憲さんが、
群馬県議会議長に就任しました。
改選後、初の定例県議会に際し、議長の選出が行われます。 今回、議長に就任いたしましたのは南波和憲氏です。
この方は、吾妻郡選出の当選5回の議員です。
そして、何といっても、議会随一の実力者といえるでしょう。 更に、その見識たるや、本当にすばらしいものがあります。 今回、満を持しての就任となりました。
震災後の重要な局面ですから、氏のリーダーシップには、大変期待しています。




2011年5月16日宮城県女川町へ支援物資を届けて参りました。
私共の事務所で、お預かりしていました支援物資を、宮城県女川町のお寺を避難所とされている方々へ、お届けさせて頂きました。 ご住職から、感謝の意をいただきました。
ご提供頂いた皆様には、この場を借りて、お繋ぎをさせていただきます。
女川町の状況は、写真の通り、港から街の中心部にかけては、全壊の状態でした。
未だ自衛隊の方々により、封鎖され、関係者以外は入れなくなっています。
そして、町の中心部は、海水が流入したままとなっていました。
この地域は、地盤の移動と沈下が、とても激しく、海水の流入は、深刻な問題となっています。
沿海部を走る鉄道の線路にまで、満潮時は、海水が流入してくるのです。
この町を、どのように復興させるのか?
住民が、共に抱える問題です。
港は再整備する方向性で一致するものの、住環境においては、現在、行政側と住民側とで、意見の対立が見られるそうです。
しかし、最後は住民の意思が、尊重されるべきかもしれません。
女川町の皆様の一日も早い復興をお祈りしています。




2011年5月16日宮城県石巻市は28000世帯が全壊です。
知人を通じ、宮城県内の被災地である、仙台市、塩竈市、石巻市、女川町を訪れました。
仙台市は、一見、震災の面影もなくなり、今までと変わりない様相を呈していました。
しかし、ガスの復旧には、大変時間がかかったようです。
つい最近まで、都市ガス利用者においては、お風呂や、料理などに、支障があったと言います。
災害対策の点で考えると、ガスを、プロパンとのハイブリッド化にするのが、有効なのかもしれません。
また、塩竈市は、日本有数のマグロ水揚げ港ですが、ここでは、何よりも、放射性物質の海への流出の件が、 重い問題として、のしかかっていました。
一方、石巻市では、地震による死亡者、行方不明者と、全壊住宅の数が、ダントツでした。
実際、写真の通り、沿海部の住宅や工場は、本当に殲滅状態でした。
2964名死亡、約2770名行方不明、全壊家屋は28000世帯と公表されています。
もともと都市規模が大きく、海岸部に住宅が集積していたのが、こうした数に現れています。
今も、毎日のように、自衛隊の方々が、がれきの処理を行っています。
しかし、その量は1年では、到底、終わりそうにないほどの規模です。
がれき処理をはじめ、被災者のプレハブ造り、仕事の斡旋、被災地の復興都市計画など。
すべて、同時並行で、行っていかなければならない課題が、山積みとなっています。
継続した被災地への支援が、今後も必要だという事を、忘れてはならないと思いました。




2011年5月13日内村鑑三のゆかりの地にて思う事

写真は、内村氏が、少年時代に、よく登った丘の風景。
ここに立ち、烏川や観音山を眺めていたという。
上毛かるたに登場する群馬の偉人に、
内村鑑三がいます。
内村家は、高崎市柳川町にありました。
合同会議のため訪れた高崎市には、その偉業を讃えて、内村鑑三の記念碑が、立っています。
場所は、高崎城の跡地にそびえる高崎市役所の南、頼政神社内です。
内村鑑三と言えば、彼の著書『代表的日本人』をなくしては、語れません。
この本は、知る人ぞ知る。世界的に大変有名な本です。
当時は英語で書かれており、新渡戸稲造氏の代表作『武士道』と共に 海外において日本の国を紹介する代表的作品となっていました。
以前、米国大統領が、上杉鷹山を尊敬しているというお話もがありましたが、 これも、内村鑑三『代表的日本人』を読んでのことでした。
海外の多くの方に愛読させ続けた『代表的日本人』の本ですが、意外にも 日本では知られていないのが、不思議です。
灯台もと暗しではありませんが、是非、群馬県民の方々には、読んで頂きたいと 思っています。




2011年5月13日国会議員・県議会議員合同会議が、
開かれました。
高崎市のメトロポリタンホテルにおいて
国会議員・県議会議員の合同会議が開かれました。
議題は、次のとおりです。
  1、県連役員選考員会結果報告
  2、県連党情報告
  3、県連決算報告
  4、その他
福田康夫元総理のご挨拶で、
「群馬が良くなることが、日本が良くなることになる。そういう気概を持ってやって頂きたい」との言葉がありました。
私も全く同感です。
「群馬発 日本の再生!」
このスローガンでもって県政に取り組むつもりです。




2011年5月12日毎年恒例 自民党県連役員の改選
毎年恒例のこの時期に自民党県議団総会におきまして党の役員改正が行われました。
以下、新4役の方をご報告致します。

幹事長  須藤昭男氏(50歳、4期、みどり市)
総務会長  岩井均氏(47歳、4期、安中市)
政調会長  織田沢俊幸氏(59歳、3期、甘楽郡)
議員団長  新井雅博氏(50歳、3期、藤岡市)

今回の特徴は、比較的、若返りがみられるという事。
また、全員が、国会議員の秘書経験者だという事です。

須藤幹事長(笹川尭代議士秘書)は、元来、群馬二区から衆議院議員候補の本命と目されていた人物です。

岩井総務会長(中曽根康弘代議士秘書)は、元内閣総理大臣中曽根康弘氏の秘蔵っ子。甲子園出場経験もあります。

織田沢政調会長(小渕恵三代議士秘書)は、甘楽町の助役経験があり行政通です。現役の住職です。

新井議員団長(小渕恵三代議士秘書)は、物腰柔らかな人ですが、将来の自民党をしっかりと背負っていく人物であります。




2011年5月12日群馬県総合表彰受賞おめでとうございます。
平成23年度の群馬県総合表彰式が、
厳粛に挙行されました。
会場は、晴れの舞台とあって、略礼服や着物などをお召しの皆様で、華やかに埋め尽くされました。
地元館林からは、4名の方々が表彰されています。
おめでとうございました。

地方自治功労  井野口勝則様 (館林市議会議員)
福祉功労  荒井  清様 (民生・児童委員)
福祉功労  芦沢 静子様 (民生・児童委員)
警察功労  増田 一男様
  (館林交通警察モニター協議会会長)

益々のご活躍を、心よりご祈念申し上げます。




2011年5月9日農政部と放射性物質の
基準値を超えた牧草について議論しました。
この日、県農政部と自民党農政振興議連による、勉強会が執り行われました。
そこで、放射性物質の基準値を超えた牧草についての議論が、行われました。
ここで、私が、質問と意見具申致しました2点について、お伝えしたいと思います。
ひとつの質問は、こうです。
野菜や牛乳などは、出荷停止の際の区域を、市町村単位としています。
しかし、牧草の場合、市町村単位ではなくて、県を三分割(東毛、中西毛、北毛)した単位で行われようとしています。 それは、何故なのかという質問です。
今回、牧草から検出された放射性物質の値は、館林で440ベクレルと基準値300ベクレルを上回ってしまいました。
一方、太田市内の藪塚では、166ベクレル、新田は、109ベクレルと基準値より下回り、問題はありませんでした。
しかしながら、出荷停止の区域割が、東毛、中西毛、北毛の3つで示される以上、太田など問題のない地域の牧草までが、利用できなくなってしまうのです。
県の説明は、こうでした。
酪農は、牧草よりも牛乳が、本命である事。そのため、牧草にリスクを感じた以上は、現在での状況の県産の牧草は、控えていきたいというものでした。
検査は、隔週に行われますが、三回、基準値でクリアーしなければ、出荷停止は、解除されません。
つまり、最短1ヶ月半近くは、待たなければならないのです。
長引けば、海外産の牧草まで、ひっ迫してくる事にもなりかねません。
もう一点、放射性物質に汚染された土壌は、今後、土壌改良にしっかりと取り組まなければならない事を意見具申致しました。
群馬から、豊かな土壌を再生させていけるよう取り組んでいきたいと願っています。




2011年5月8日大沢正明事務所が、開設を致しました。
前橋市内の旧椎茸農協跡地に、大沢正明知事の清明会事務所が開設を致しました。
いよいよ、知事選挙に向けて、本格的な準備がはじまります。 この日、関係者300名が集い、事務所開設の神事が行われました。
知事選挙に出馬を表明していますのは、大沢正明氏と、後藤新氏です。
後藤新氏は、故小寺弘之氏の子弟でいらっしゃいます。
今回の選挙は、前回の選挙を引きつぐ因縁の対決ともいえるでしょう。
県民の皆様が判断を下すのは、7月3日です。




2011年5月8日体育功労者表彰受賞者の皆様
おめでとうございます。
第28回の館林総合体育大会春季大会の開会式が行われました。
その式典のメインとして、体育功労者の表彰と競技優秀団体の表彰がありました。
13名の体育功労者の皆様、本当におめでとうございます。
それぞれの指導歴を拝見するだけでも、思わず脱帽してしまいます。
本HPにても、13名の皆様には、改めて敬意を表したいと思います。

1. 中里克己 様  (28年) 陸上競技
2. 中村富士雄 様 (25年) 野球
3. 清水幸夫 様  (21年) バレーボール
4. 島田文子 様  (20年) バレーボール
5. 堀越利雄 様  (28年) ソフトボール
6. 川村彰治 様  (24年) ソフトボール
7. 市川達雄 様  (21年) レスリング
8. 渋谷正高 様  (31年) バトミントン
9. 飯塚実 様   (26年) スキー
10. 萩原中 様   (21年) 体操
11. 高橋博 様   (20年) 合気道
12. 青木美津子 様 (24年) ウオーキング
13. 松本秀雄 様  (22年) パークゴルフ




2011年5月7日酪農関係者に牧草の状況について
伺ってまいりました。
牧草について、群馬県内6か所、放射線物質のサンプリング調査が、行われました。
その結果、放射線物質セシウムの値が、県内3か所で、基準値300ベクレルを、超えてしまいました。
超えた地点は、中西毛地区の2か所(前橋市内、高崎市内)東毛地区の1か所(館林市内)です。
そのため、東毛地域、中西毛地域全域の牧草が、育成牛を除いては、餌として当面、利用できなくなりました。
先般のホウレン草、かき菜の出荷停止に引き続き、またまた頭を悩ます問題が、生じたのです。
早速私は、館林市内の酪農家のお宅に伺い致しまして、状況の確認をして参りました。
酪農家の方々が、言われるには、すでに栃木県でも同様の状況が生じていたので、当然危惧していていたそうです。
「やっぱり起こったか」という思いだと語っておられました。
対策については、そこで何点か要望を受けて参りましたので、連休明けにも県農政部にお繋ぎをするつもりです。




2011年5月4日多々良沼の松林に100本の赤松を植えました。
昨年来、400本以上の松が、枯れてしまった多々良沼です。 みどりの日の今日は、新たに100本の赤松を植林致しました。
今回育樹された赤松は、今までのものとは違い、茨城県産で、 松くい虫には、強い抵抗力をもつ品種です。
秋にもまた、この松の植林が、行われます。
成長するまでには、とても長い年月を有しますが、 植林を行った皆様と共に、温かく見守って参りたいと思います。




すとう かずおみ の県議会での一般質問の様子など を動画でご覧いただく事が出来ます。


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