【須藤和臣】

すとうかずおみ

自民党

2011年 3月
2011年3月31日私の事務所は市民・県民の皆様の事務所です。
昨年、10月より事務所開設をし、広聴活動を重ねて参りました。事務所を常設致しますと やはり、多くのお客様がお越しになります。
いろんな情報も飛び交いますし、相談を受ける事も多くなります。きっと、自宅よりも敷居が低くなるのでしょう。県民・市民の皆様の事務所 として、今後も活用頂ければと願っております。




2011年3月27日AC館林フェリス 卒団式&歓迎会
館林市で唯一の女子サッカーチームフェリスの 卒団式と歓迎会が行われました。
卒団する彼女たちは、練習に試合にと明け暮れた毎日でありました。
私は彼女たちに応援団長として『絆』と言う言葉を送りました。 フェリスで培った絆を大切にされ、 更に羽ばたいて頂きたいと思います。
Good Luck ! Girls




2011年3月23日子供達のためにも
必ず戻って来なければならない。
和して同ぜず。この言葉は、私がはじめて、議場に入る際、 頭に浮かんだ言葉であります。この日も、その言葉が 浮かんできました。この日、東日本大震災の群馬県の対応と対策を全員協議会で 議論致しました。
大方の議論は、農産物の風評被害でありました。
群馬県ではホウレン草やかき菜が放射性物質の基準値を超えてしまっため、
他の野菜にまで、風評被害が広がり、価格が暴落すると言う局面にあったからです。
「すぐに知事の安全宣言をだすように」と、多くの議員による活発な意見がありました。
そんな空気の中でしたが、私は、諸先生方の袋だたきにあう覚悟をも持って、放射性物質の検査の必要性を強く訴えました。
小さい子供を持つ親の気持ちになれば、体内での内部被ばくこそ、深刻な問題だからです。
内部被ばくについては、まだ十分な研究が進んでいない分野です。
大丈夫と言われてても、不安が、全くないと言ったら嘘になるでしょう。
これから20年後、30年後の事を見据えて、食品の安全性は、しっかりと守っていかなければなりません。
信頼ある安全対策のもとで、声高く安全宣言をしていく事こそ、最も大切な事だと、思っています。
私は、必ず、この議会に戻り取り組んでいかなければならないと、改めて決意した協議会でした。




2011年3月20日館林市内被災状況調査
群馬県内全域に家屋(特に瓦のぐしの部分)などの被災状況が、多く見られます。
県の集計では、3月16日現在で、合計12627件と報告されています。 但し、今後もっと詳細に集計されてくると、間違いなく増加していくでしょう。
一市単独では、太田市が、2000件を超える数字を出しています。
邑楽館林は、合算して集計致しますと、太田市を大きく上回ります。
4300件以上でした。つまり、群馬県内の被害の半数以上が、東毛地区であったという事になります。
地盤の良くない所には、液状化や、地盤沈下も見られます。 写真は、館林市内のもので、地盤沈下で傾いてしまった家屋です。
県の職員の皆様に、こうした状況をご覧いただきたく写真を添付させて頂きました。
こうした、被災住宅には、どのような支援策を行うのか。
東北への支援と共に県内の対応を検討する段階になってきました。




2011年3月18日自民党群馬県救援物資館林市役所を出発
今回の東日本震災において、自民党群馬県連は、福島県の相馬市選出の 県議会議員を通じまして、相馬市役所に救援物資を運ぶことになりました。
救援物資の中身は米2tと水のタンクローリー車、その他、市民、県民の 皆様から、お預かりしたものです。早朝、館林市役所前に集合し、荷物を 積み込んで、乗用車1台、トラック3台、タンクローリー車1台の隊列をなし出発を致しました。
当日、館林市役所前には、多くの市民の方々が集まり、救援物資をご提供して頂きました。
こうした、市民の皆様の心の「絆」に、胸が、熱くなります。
ありがとうございました。




2011年3月18日すとうかずおみ救援物資センター開設
この度、すとうかずおみ救援物資センターを開設致しました。 場所は、私の事務所の隣の部屋です。
大家さんの御好意で、この部屋をしばらくお借りすることができました。
輸送は、青年部の有志の皆さんの、ボランティアによるものです。
被災地へのルートは二つあります。一つは私達、自民党県連より定期的に
福島県相馬市へ送るルート。二つ目は群馬県を通じて自衛隊により東北地方の各被災地
に送られるルートです。是非、多くの皆様の救援物資を宜しくお願い申し上げます。
お問い合わせは、
すとうかずおみ事務所迄(0276-55-4649)




2011年3月18日すとうかずおみ事務所より
救援物資第一便出発!
すとうかずおみ救援物資センター
(館林市富士見町7-16ヒルサイドスクエアー)
を開設し、早速一便が、無事出発致しました。
救援物資は株式会社サンキュー様(館林市緑町)より提供されたマスク2000枚入り、50ケース計10万枚です。
新型インフルエンザ用に確保していたものだそうです。本当にありがとうございます。
輸送は、すとうかずおみ育てる会青年部の、井野口吉正部長や野本一弘副部長が、担当してくださいました。
救援物資は、その日のうち群馬県にお渡しできました。
その後物資は、群馬県から、自衛隊に渡り、東北の被災地へと送られます。
皆様の善意の心に、感謝申し上げます。




2011年3月13日東日本大震災 館林の被害報告
3月11日 午後2時46分、「いよいよ、地球が、壊れるのではないか。」と思ったのは 私だけではなかったと思います。
少年の頃みた、ドラマ、「日本沈没」が、一瞬、私の脳裏に浮かびました。
今回の大地震、東日本に住むすべての住人が、体験した一生に一度の大きな地震で あったと思います。
東北沿岸部や原発の状況は報道機関に譲るところと致しまして、 ここでは、館林市の主な被害をご報告致します。

死亡  1名
屋根破損  899件
ブロック塀倒壊  68件
道路亀裂  15件
地盤沈下  6件
漏水  7件
液状化  2件

今後も、被害の件数は、増える可能性があります。しかし、今の所、一番の 損壊は屋根のぐしや、瓦の部分といえるでしょう。今後、こうした部分に対する 補助をどのようにするかの、検討が必要になります。
しかし、今回の被害は、東北地方をはじめとし、全国的な災害によるものです。
あまり、不公平感のないよう、国の動向、各県、自治体の動向を注視し、配慮する事も、必要であると感じます。
明和町などでも瓦の被害が,多く出ています。そうした地域は、多くは利根川の近辺の 砂地の地域でありました。館林でも沼を埋めた場所に、顕著に液状化や地盤沈下が起こっております。
やはり地盤の状態が、被害の状況には、大きく影響していると感じました。
(写真は多々良沼周辺の亀裂箇所)




2011年3月10日二月定例議会終了
4年間の任期中、最後の定例議会を終えました。
この議場では、これまでに多くの難題が、審議され、頭を寄せ合い、皆と取り組ませていただきました。
東洋大学国際地域学部撤退に始まり、館林厚生病院の小児科縮小、 金融危機と雇用対策、館林の竜巻と危機管理、 新型インフルエンザ対策、米の品質低下問題等々です。私も一般質問には、5回登壇し、52問の質問を実施致しました。
その経験で、しっかりと、調査をし、その上で理詰めでお話し申し上げるならば、県は動くものだと実感したのでした。
本日をもって、私達は一旦、この議場を去ります。
そして、また戻ってこれるかどうかは、4月10日に、皆様の審判を受ける事となります。
館林市民、群馬県民の負託に応えるために、今後も、身を捧げ、日々精進して参りたいと思っています。




2011年3月10日明日の自民党のドン!
中島篤氏 高崎市長選へ
自民党のドン・コルレオ―ネこと、中島篤議員が、高崎市長選に 転出されるため、今期限りで、県議会を御勇退なされます。
中島氏は二期ではありますが、若手への面倒見が大変よく、将来は 群馬県議会を牛耳る存在になると、議会の中でも、一目おかれていらっしゃいました。
「一期生は、国会議員を目指して、勉強しろ!俺が国会に送ってやる!」
などと、私達、若手には、いつも激を投げかけてくださっていました。
そして、一期生は、高崎の柳川町に何度となく連れて行かれていました。
高崎商業時代は、スラッガーとして、甲子園出場もあり、スポーツマンでいらっしゃいます。
県議会議員の交流野球大会では、3番サードでした。
往年のグラブさばきやバッティングなどは、本当に見事でした。 中島篤さん、高崎市長を目指し、頑張ってください。




2011年3月10日自民党改革のエンジン、
山本龍議員 前橋市長選へ
今期で、群馬県議会を勇退される諸先生が、
7名いらっしゃいます。田島雄一県議(伊勢崎市)
原富夫県議(伊勢崎市)、早川昌枝県議(前橋市)
金田克次県議(太田市)、平田英勝県議(高崎市)
中島篤県議(高崎市)そして、山本龍県議(前橋市)です。
山本龍県議は、前橋市長選に挑むことになります。
山本氏は、自民党総務会長として、党改革のエンジンの役割を果たしています。
改革三本の矢の一つである、政治学校設立を果たしたのも、山本氏の功績であります。
陽明学の大家、井上新甫先生を塾長に招き、多くの若者が毎週土曜日、一年間学び、 政治家を目指しています。
そして、山本氏は、広報委員長として、県連のHPをはじめ、様々な広報ツールを駆使し 広報の改革を行ってまいりました。
山本氏は、実にパワーを持った魅力的な方です。
今回、山本龍先生が、前橋市長選へと転出をすることは、実に寂しくもあります。
今後、山本氏が抜けた後の自民党の改革のエンジンとして私も頑張ろうと 決意を固めております。




2011年3月7日上毛かるたガイドマップ完成!
3月7日のググットぐんま観光推進委員会にて、
上毛かるたガイドマップの作成状況の質問を行いました。
私自身が、作成の提案をした経緯より、
どのようなものができるのか、多少心配をしておりました。
そこで、本日、見本を見せて頂きました。
嬉しい事に、これが、実にいい出来栄えでした。
今年度は、上毛かるたの副読本が、前橋市の大手の書店では 売上ベスト1でしたので、このガイドマップも、また1位になることを期待しております。
定価280円。3月20日以降、県内の主な書店で販売されます。 是非、ご購入ください。
今後10年間は、十分に群馬の観光の本として、耐えうる本です。
多くの方々に、上毛かるたの足跡を辿って頂ければ嬉しいです。 作成にご尽力された、群馬県生活文化部文化振興課の職員の皆様、本当にご苦労様でした。




2011年3月6日354バイパス
《館林小桑原交差点~邑楽町狸塚南交差点》
4車線化開通
待望の354バイパスの館林邑楽間の5キロ区間の4車線化が、とうとう開通致しました。
私達が、なぜ、交通網の充実に力を入れるのか?
それは、雇用面などにおいて、何としてでも、都市間競争に勝ちたいためです。
交通網が発達している方が、断然、優位に立ちます。
群馬では高崎が、その玄関口として発達していますが、 大沢県政では、館林を、ぐんまの東の玄関口として、位置づけています。
今後、平成26年度には、354バイパスも、高崎から板倉まで開通致しますが、 私達は更に、29年を目指して、茨城県の4号、新4号まで延伸させていくつもりです。
そして、更に平成25年度に、八重笠道路(約1,2キロ)が開通しますと、太田桐生IC から、館林ICまでは、4車線で結ばれる事となります。
その日を目指して、自称私、東毛担当課長は、頑張りたいと思います。 御期待下さい。




2011年3月4日自民党 県議選 いざ、出陣。
群馬ロイヤルホテルにて、自民党の県議会議員選挙の出陣式が行われました。
現職25名、元職1名、新人9名、計35名の立候補予定者が、一同に集まり、 そこで、中曽根弘文県連会長より、公認証と、党籍証明書、たすき、必勝だるま等 が、手渡されました。
また、福田元総理をはじめ、国会議員の先生方より激励の言葉も頂き、 35名の立候補予定者も、それぞれ紹介されました。
その候補者の中でも、私が、一番だったと、自負することがありました。
それは、「ハイ!」という声の大きさでした。
見た目には、大変良かったのですが、実は、これには裏話があります。
起立するタイミングに、大きな声を張り上げたもんですから、腰にピクっときたのです。 危ういところでした。
何事もほどほどにしないといけないと、内心思いました。
ともあれ、いざ、出陣です。
皆様のご支援をお待ちしています。




2011年3月3日環境農林常任委員会にて、館林市近藤沼の
ワカサギ被害について質問する。
近藤沼漁業組合では、例年、諏訪湖からワカサギの種を仕入れ、近藤沼でふ化させています。
しかし、今年度は、そのワカサギが、全く釣れませんでした。釣り人は、激減です。
群馬県の平坦地の釣りのメッカである近藤沼において、ワカサギが全滅の状況であったのです。
この日、私は、その原因と今後の対応について、質問をさせて頂きました。
県水産試験場の所見によると、原因は二つ考えられるそうです。
一つは、やはり水温でした。
ワカサギは、水温が30度を超えると、生存が難しいと言われています。 御承知のように館林は、昨年、猛暑に見舞われた年でした。
もう一つの理由としては、外来種のブルーギルという魚の餌食になってしまったのではないか、と考えられています。 いずれにせよ、新年度は、県水産試験場より、しっかりと指導して頂く事となりました。
合わせて、この被害に対する見舞金について、関係団体に申し送りを依頼致しました。




2011年3月3日環境農林常任委員会
多々良沼周辺の松枯れについての質疑
今回、館林市多々良沼周辺の松枯れの状況と対策についての質疑を行いました。
館林から邑楽町や千代田町まで続く松林は、かつて1500年代に 大谷休泊翁が、防風林として植林されたものであります。
現在では、松は全体で、約2980本あり、館林市の管理のもとにあります。
そして、例年、松くい虫の被害により、50本から60本位、枯れているのが、状況です。
ところが、今年度は、約460本も枯れてしまいました。
調べると、枯れた木の殆どは、松くい虫の薬剤の樹幹注入を行っていないものでした。

実は平成19年までは、薬剤の空中散布を行っていましたが、アレルギー等の
人体における被害が、問題となり、平成20年より、空中散布が、中止されていたのです。
代わりに行われたのが、樹幹注入という方法でした。
しかし、樹幹注入には、大変なコストがかかるため、2980本を、4年間かけて、計画的に行う方法をとっていたのです。
今年度も、冬に約1100本ほどの、樹幹注入の予定があるのですが、それを待たずに、460本もの松が枯れてしまいました。
松枯れの遠因の一つには、昨年の夏の暑さが、あげられると指摘されます。
伐採されていく木を見ると、とても悲しい思いがします。
この松林は、郷土の宝です。群馬県の平地林の中でも1等級の松林なのです。
まだ、樹幹注入されていない木が、約500本残っていますが、 これについて、どのように対処するのか、判断が問われるところです。
春になる前に、樹幹注入するのか、そのままにするのか、あるいは、住民の方々の理解のもと、人体に優しい薬剤にて、 今年だけの散布を許すのか、考えていかなければなりません。
そしてまた、伐採した木々の後には、何を植えていくのかも、考える必要があります。




すとう かずおみ の県議会での一般質問の様子など を動画でご覧いただく事が出来ます。


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